16.12.20

Ku Bua Mat / Maha Sarakham

次にやって来たのは、ボラーンサターンドーンクーノーンプラから南西に20kmほどのところにある集落。
ええっと…


ああ、この先みたいですね。
目的の遺跡、クーブアマート(กู่บัวมาศ)は。


あそこが遺跡かな?


あっ、残骸が無造作に積まれてるよ…
壁のパーツっぽいですね。


遺跡自体は、この環濠の中にあるみたいなんですけどね。
なんで残骸を環濠の外に持ち出したんでしょう。


ようやく遺跡の入り口に到着しましたよ。


ガーディアン。
何の意味があるのかな?


ということで、ようやく遺跡エリアに侵入を果たしましたよ。


といっても、実際の遺構はこれだけのようですが。
しかし…


なにこの人形の山は…


左側の壁の前にも…


右側も…
なんの意味があるのかさっぱり…


で、正面、東門からの遺跡の様子…


って、東門、小さいのにちゃんと部屋みたいなスペースがあるんですね。



ということで、遺跡内部。
ええっと、正面に祠堂があって、左側…
南東側に経蔵があるって感じの配置です。
経蔵、ちょっとしか写ってませんが。


とりあえず、中央祠堂から。
基部以外レンガと砂岩で構成されてるんですね。
それで、鍵付きの赤いポスト、何に使ってるんでしょうね。


入口のテラス?
ところで…


祠堂北の、このスペース、なんでしょうね。
まあ、後で確認してみましょう。


とりあえず、祠堂から覗いてみましょう。


祠堂下部のアールがなかなかセクシーですよ。


そして…
こういうの、止めてほしいよね。
遺跡のパーツを使って、仏陀を彫るなんて…
ちなみに、このページによると、仏歴16~18世紀(西暦11~13世紀)ぐらいのもののようなので…
一応ジャヤヴァルマン7世の治世にかぶってるってことは、これがオリジナルの可能性もある…
訳ないよね、たぶん。


砂岩の、入り口のフレーム部分。


そして、祠堂内部。
う~ん、ちょっとやり過ぎじゃない?


お供え物が邪魔で良く見えませんが、一応まぐさ石か何かっぽいですね。


…だから、そういうの止めれって!


それで、この位置から経蔵を見るとこんな感じ。
経蔵の入り口って、いつも西向きですよね。
何で?


経蔵を正面から。
こっちは、ラテライトのみで構成されているんですね。
祠堂とは作られた時代が違うのかな?


一応、砂岩は使われていたようですが。


中は空っぽ…


経蔵入り口付近からの、祠堂の眺め。
それでは、いつものように、ぐるっと1周してみましょう。


ちなみに、これは南側の壁。
なんかかっこいい!
というより、ちょっと変わってますね。


ラテライトと砂岩とか?が混ざっているんですね。


なんか変な気もしますが…
もともとこんな感じだったのかな?



ま、いいや。
南側からの祠堂の様子。


南西側から…


これは、西側の門…


と思ったら、出口なかったよ。


この位置からの、祠堂の眺め。
近すぎ!


北西側から…
逆光が厳しい!


で、さっき気になっていた、祠堂の北側の、謎の基壇。


というか、北側の壁、レンガじゃん。


どういうこと?
なんか部材がチグハグですね。
当初、ラテライトで壁が作られていたけど、時代を追うごとに修理用部材が変わって行ったってことなんでしょうか。
答えはわかりませんが。


で、例の良くわからない基壇。
ここにも祠堂が立っていたのかな?
それとも別の目的なのかな?


まあ、素人の私にはさっぱり判別付きませんよ。


これも、壁ですが、北側の壁の東寄りのやつかな。


で、北東側からの、祠堂の眺め。
では、次に行きましょう。


Jan./'20
★☆☆☆☆:行くか行かないかはお任せします…
うん…
修復のおかげもありますが、なかなか形は残っていますよ。
規模は小さいですけど。
でも、なんかいろいろな部材が、普通と違う使われ方をしていたり、なんか不思議な感じの遺跡です。
そういう、ちょっと普通と違うものを求めている、天邪鬼な方なら、きっと気に入る…かもしれませんね。

Google earth 座標(分かるやつだけね)
 15°53'45.4" N
103°12'27.8" E



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