チェンライパヤオ編に入りました。
計22か所の予定です。
そのあとは、間にバンコク1ヶ所挟んで、パガン、サムイ島編と続く予定です。
パガン、サムイ島編で2017年4月なので、だいぶ現実に追いすがってきましたよ。
ただ…記事を作る方が追い付かなくなってきたよ…
そのうち失速しそうです。

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解説ページ / COMMEMTARY

逆引き検索 / search from map

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アマタナコンの食事処 / Restaurant in Amatanakorn

アマタナコンの飯屋を検索しても、一部の有名な日本料理屋以外ほとんど引っかからないので、備忘録としてまとめてみました。
アマタナコンに来た時に参考にしてみていただければ幸いです。
&情報あれば教えてください。

19.2.18

Prasat Ta Muan Thom / Surin

プラサートタークワーイから、東に向かって直線距離で11km程度…
なんですが、こんな国境近辺でそんな都合の道がないため、ぐるっと大回りして34kmと、約3倍の道のりを移動し、またもや国境沿いへ。
このようなゲートを越えて…



行き止まりまでやってきました。
ここからは徒歩でしか入れないようです。
というか、そこのゲートでパスポートを預けなくてはいけないようです。



そう、ここも国境のクメール遺跡で、名前をプラーサートタームアントム(ปราสาทตาเมือนธม)と言います。
どれぐらい国境遺跡をしているかと言いますと…



これは実際に行った時のGPS画像ですが、GoogleMapの国境線が正しければ、思いっきりカンボジア内にあるというぐらい国境しています。
まあ、この辺りの国境線ははっきりしていないのかもしれませんが…



で、パスポートを預けて、進んでいくと、右手に遺跡らしきものが見えてきます。



うぉ~!
なかなかすごいですね。



でも、これ正面じゃなくて、遺跡の横側の門なんですよ。
今、東側なので、東門なんですが、この遺跡の正面は、南を向いているんですね。
オラ、ワクワクするぞ!



ということで、正面、南側に回り込んでみました。
厳密には、ちょっと斜めですが…
…と、ここで少しお断りがあります。
既に行ってから2年経過しているため、記憶が少しあいまいです。
一応再確認しながら書きましたが、もしかしたら少し場所等違っているかもしれません、ご容赦ください。



で、この遺跡のさらに南に道が続いているようですが…
さすがに行っちゃいけないようで、兵隊さんに怒られました。



改めて真正面から遺跡を眺めてみました。
なかなかの規模があって、しかも結構当時の形を残しているようですね。
正門というか、南側の門が無いのは少し残念ですが…
まあ、とにかく順番に周ってみましょう。
ちなみに、ここの構造としては、回りにぐるりと回廊があって(南側は喪失?)、中央祠堂と、その両側に恐らく経蔵、でその背後にも2つの祠堂?があるという配置です。



大雑把ですが、こんな感じかな?
     北
 ■■■■■■■■■  □中央祠堂
 ■       ■  〇副祠堂
 ■  ○ ○  ■  ●経蔵
西■       ■東 ■回廊
 ■   □   ■
 ■ ● □ ● ■
 ■       ■
 ■       ■
     南

ということで、こちらが中央祠堂のようです。
これの後方には、プラーンみたいな、塔状のものがあったようですが、今は失われています。
ともかく、これがこの遺跡の中では一番大きい建物だったようです。



正面からはこんな感じ。
残念ながら、まぐさ石はここ以外でも、見当たりませんでしたが、その他の装飾は結構残っているようです。



入口右の装飾アップ。
下側だけガバッと削れているのは、何か外的な要因…
例えば戦闘行為とかがあったからでしょうかね。
盗掘とかだと、丸ごとなくなりそうですし。



内部はこんな感じ。
見ての通り、屋根はなくなっちゃっています。
横側は、この写真の幅以上は無いので、それほど大きくありませんが、奥行きはこんな感じにボチボチあります。



床にあった謎のオブジェ?
左右で対になっていますが、なんでしょうかね。



中央?にあった、ヨニ。



通路の上にあったレリーフ。
結構綺麗に残っていますね。



これは…
ナンディンか何かの上部がごっそりなくなった物でしょうか。



窓から外を眺めてみました。
奥に見えているのは、西側の経蔵です。



中央祠堂の外装にも、結構レリーフが残っていて、見ごたえがあります。













ちなみに、これがメイン祠堂を横…西側から見たところです。
左側が、祠堂の奥側の、プラーンがあったと思われる部分になります。



これは、東側の経蔵です。
なぜか、西側も同じですが、経蔵だけラテライトで出来ています。
でも、入口の向きは、東側の経蔵は南で、西側の経蔵は北向きだったりします。




中には、なんかこのような石が置かれていましたが…
後から置いたのかな?



これは、東側の回廊部の跡。
東の門の周り以外は、ほとんど失われているようです。



回廊の間から…
まあ、あまり写真変わり映えしませんが、一枚の壁ではなく、真ん中に通路があるぐらいは、遺跡の規模が大きいってことですかね。



で、先ほどの東の経蔵の裏…
北側には、副祠堂(もちろん東側)があり、その間の地面には、大きな岩が広がっています。



溝とかが掘られていますが、水路か何かだったんでしょうか。
それとも、占い?



まあ、こういうものもあるし、水路かな?



で、北東の副祠堂の中ですが、何もありませんね。



偽窓。



こちらは、北西の副祠堂。
これは、もしかしてだいぶ新しい砂岩を使って修復されたものなのかな?



中には…
なんですかね?これ。



北側の回廊部。
東に比べると、少しは原形留めていますが、それは主に外側のラテライトで、内側の砂岩はやっぱりだいぶなくなっています。



なぜか埋められちゃっている通路。
偽窓?



で、中央祠堂の丁度北側…
北門にあたるのかな?から、中央祠堂方向を撮ってみました。



こちらは、西側の回廊。
奥のラテライトの建物が、西の経蔵です。
保存状況は、北側と同レベルかな?



西の門近辺。
やっぱり、門の周りだけましな状態なんですけど、やっぱ修復したからかな?



で、西の経蔵。
南東方向から見ています。
南、東ともに入口ついていません。
で、上の写真とか見ると分かりますが、北側にもありません。



ということで、なぜか入口が西側についているんです。
なんででしょうね。



中はこんな感じです。
まあ、何もないのは、気楽に地元住民がお祈りに来るようなところじゃないからでしょうね。
そもそもGoogleMapで確認しても分かりますが、この遺跡回り4km以内に、ほぼ民家ありませんしね。



May/'16
★★★☆☆:その県に行ったらぜひ!県を代表するスポットです。
想像以上に良かったですね。
結構レリーフとかも残ってますし、規模もまあまあ大きいですし、大規模修復もされていないようで、当時の雰囲気&朽ちた遺跡の雰囲気も楽しめますし。
もっと売り出したらいいのに…
と思いますが、まあ、タイがそういうことをすると、カンボジアが黙っていないんでしょうね。
というか、そもそも入るのにパスポート提出が必要ってことは、やっぱりここはカンボジア領内か、もしくは緩衝地帯で、カンボジア側でもパスポート提出が必要とかなんでしょうね。
もちろん、遺跡内には、兵士の方が10人ぐらいいましたよ。
ただ、だべってたり、昼寝していたり、スマホいじったり…
あまり緊張感はありませんでしたが。

Google earth 座標(分かるやつだけね)
 14°20'57.23" N
103°15'59.84" E



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