プラーサートバーンナンから、北上すること33kmほど…
この辺りまで来ると、普通ももちろんですが、普通じゃない旅行者もよっぽど寄り付かないようなエリアになってきます。そんな田舎の小さな町、ノンルアンの片隅に、ワットプラーサートクムディン(วัดปราสาทขุนดิน)という名前のお寺があります。
もう、感の良い方ならお気づきかと思いますが…
そうなんです、ここにはプラサートクムディン(ปราสาทขุนดิน)というクメール遺跡があるんですね。
境内には、お寺なんで当然ですが、本堂などの施設も配備されています。
このウィハーンなんかは、壁に仏画が描かれていますが、無視無視。
こちらの本堂も、どうせ開いていないから無視無視。
ということで、こちらがその遺跡部分になります。
…ぱっと見、レンガの瓦礫の山に見えますけど…
もう少し近づいてみました。
おそらく、今見えている手前の石畳っぽいところが、東門の跡で、正面に祠堂、左の瓦礫が経蔵だと思われます。
東門の入り口の枠だったと思われる砂岩。
立てるなり、組み直すなりして、もう少し体裁整えてもいいのでは?
と思っちゃいますが…
瓦礫の山の状況とか考えると、おそらく発見当初のまま、ほぼ手つかずなんでしょうね。
その瓦礫の山…
というか、おそらく経蔵。
なんせ、入口が反対向きだから。
それだけです。
写真がピンボケなのは、スルーしてください。
経蔵を裏側…
入口側から見たところ。
柱以外は、ほぼ崩壊済みたいですね。
入口アップ。
これもピンボケだ…
で、こちらが祠堂を正面から見たところです。
手前の柱は…
すいません、私のしょぼい知識の中では、これが何にあたるか想像もできません。
入口アップ。
手前の柱が入口で、奥にも枠があるってことは、結構奥行のある祠堂だったんでしょうね。
もちろん、見ての通り、ほぼ崩壊して、レンガに埋もれちゃってます。
横(北)から見たところ。
奥の方がレンガの量が多いのは、多分奥は塔状で、手前はアーチ形の屋根の建物だった…
のかな?
祠堂の南側には、なぜかポツンとまぐさ石が展示されています。
わざわざコンクリートの土台作ってありますしね。
アップ。
なんのシーンかはわかりませんが、やっぱり割れちゃってますね。
砂岩って結構脆いから、塔が崩壊する時に、落下し、割れちゃうのかな。
遺跡の裏側(西)。
ここだけ、なんとか偽窓…
というか、当時の形が残っていますね。
ところで、遺跡の裏には、いくつかオブジェが建っています。
こちらのお坊さんは普通ですね。
その横のこれ、恐竜?
それが秤の上に乗っているところ?
なんか良くわかりませんね。
で、屋外タンブーン場と仏陀の人。
この仏陀も、なかなか適当で愛らしいですね。
その台座部分には、遺跡の残骸が並べられています。
この辺の砂岩に、少しだけ当時の面影がありますね。
May/'16
★☆☆☆☆:行くか行かないかはお任せします…
遺跡の規模は小さいですが、発見当時の姿を、おそらくほぼそのまま残していると思います。
まさか、あのレンガの瓦礫状態が、レンガ積み直した物ってことは無いでしょうし。
そう考えると、多少は価値があるかもしれません。
まぐさ石も一応ありますし。
ただ…
こんな僻地までわざわざ見に来るほどかと言うと…ねぇ。
Google earth 座標(分かるやつだけね)
15°13'01.02" N
103°55'14.25" E
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